「ライフサイクル」という言葉は、人の人生を図解するために20世紀の心理学者エリクソンが考案しました。

それから派生して色々な分野で使われるようになりました。

たとえば「プロダクト(商品)ライフサイクル」。

ある製品を発売してから、その製品の売上げがどんな変化を見せるか(予想)を曲線で表します。

ざっくり言うと、「導入→成長→安定→衰退」という流れをたどり、売上は一定ではなく、伸びる時期、頭打ちになる時期、そして減少していく時期、というふうに変遷していきます。

難しそうな言葉ですがそんな難しい理論ではありません。

僕は「ライフサイクル」という考え方が好きです。

何にでもライフサイクルがあると考えると説明が付くことが多いからです。

花の一生なんて、まさにライフサイクルをよく表しています。

つぼみからうっすらと花開き(導入)、次第に開度を増し(成長)、ついには満開となり(安定)、そしてしぼんでいくのです(衰退)。

僕はドライフラワーが嫌いですが、今日初めて衰退期にある花を美しいと思いました。

この鮮やかな花びらが、枯れるとどうなるか・・・

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こうなるんです。

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姿形は若い時とは比べものにならないくらいみすぼらしいですが、よく見ると、その枯れた花びらの色は、水分が抜けて凝縮し、何と美しい朱ではありませんか。

本当はこの朱が本来の色で、みずみずしい花びらの黄色はそれに至るまでの過程に過ぎないのではないかと思うのです。

元々は人間の一生を意味した「ライフサイクル」。

花のそれとは違うのでしょうが、何だか共通点もあるように思いませんか?

黄色くみずみずしい花(若さ)を美しいと感じ、価値を見いだす人もいれば、それと同時に枯れた後の朱(老い)をすばらしいと感じる人もいるわけですよ。

ただし、経験と知恵に裏打ちされた「老い」は本来美しいものではありますが、その美しさが否定される傾向がある一般社会の中に身を置くと、自分自身が自分の老いを否定しがちになります。

自分で否定すると、へそまがりな「老い」の魅力は姿を消します。

「神は残酷だ。一度与えた若さを再び奪うのだから。(最初から与えなければ楽なのに)」と言いますが、奪われていく若さを憂うより、自分の積み重ねてきた知恵や経験、人格、健康、そういうものから醸し出される老いの美しさを受け入れて喜ぶ姿勢があると、老いても美しくいられるのではないでしょか。